幸せな時間とは?

記録

幸せとはなんでしょう、と、ネガティブになりがちな今日この頃な私です。なぜこんなことを考えているんでしょうか。皆さんは幸せって何だと思いますか。楽しい時間。フワフワした気持ちになる一時。笑顔で何も考えなくてもいい時間。いろんなことが頭にありますが、幸せな時間について、少しだけ考えます。

幸せな日々とその裏

自分の幸せを考えるなんて、ここ数年で考えたこともなかった私にとって、この一年は本当に楽しかった一年になりました。去年までの自分を思うと、なぜ最初から世界に飛び込まなかったんだろうと、少し後悔しております。

やりたいこと、夢に向かって進むこと、これがどれだけ素敵なことか、今になってようやく分かりました。でもこのことに気がつくまでは、非常に多くの時間がかかりました。

気になっていたことに、気が付かないようにしていた学生時代。これが自分が選んだ道だと、諦めていた社会人。自分の気持ちに、いつ蓋をしてしまったんだろう。それに気が付かない限り、いつまでたっても、役の心に近付けないような気がします。

今回は、そんな心のつっかえを外せればいいなと書き綴りましょう。うん、そうしましょう。

自分の闇?

誰しもが抱えてるという闇の部分。私の闇はどうだろうか。たまに家で毒付くこと?電車の中で足を踏んでくる人に苛立って舌打ちしてしまうこと?どれもこれも、自分の闇なのかストレスなのか、良く分かりません。

これまで、社会的な立場を考えて発言していた自分。それに関して、あまりの自信のなさに引っ込んでしまっている自分。それに対して何も意見を持たなかったのだろうか。

私は今まで、こういったことに関しては何感じていない、分からないという閉ざし方をしていました。本当に何も感じなかったのか、今の自分が思うと、少し、ほんの少しだけ、違うのではないかと感じることがあります。

伏せていた感情

自分がこれまでに思うことは、「この言葉は間違っているのではないか」とか「空気を読んだ言葉じゃないな」とか、やはり人に合わせた考え方をしていました。実際、今もそう。人と話すとき、どんな人でさえこうした考えが出てきてしまいます。最近はずいぶんと荷が下りた話し方も出きる時がありますが…それでもまだ心を開いていないのだと、役者友達に言われます。そんなつもりないのだけれど…

以前、「今まで育ってきた環境がその人を作る」という話を聞いたことがありますが、私の人生のどこで縛られたんだろう。そう考えてピンときました!子供の頃、良く親に「お前は一言多い!」と怒られたことがあります。それも何度も。

それからおそらく、家族以外には見せられない一面と思って隠していたのだろうか。そう思うと少し納得がいくところです。でもこれがいいのか悪いのか…これが社交。役者にとって捨てねばならない技。ここを考え始めると、染み込んだこの体は一体何年かかるのだろうか。

感情をさらけ出す

自分の人生で培ってきた感情が、邪魔なのか使えるのか、頭がパッパラパーになっています。生きていくために鍛えた技、社交性。でもこれから仕事(=生きるためにすること)をやっていくには、外さなければならない技。邪魔だと思っていても、どこでも引っ付いてくるこの技。でも必要だと思う今。

成長するためには捨てるのか、でも抜けないのであれば、上手く付き合える技もあるんじゃないか、そう考えると別に捨てなくてもいいのか。ここで、グルグル回る思考が邪魔していつも考えがまとまらず終わってしまいます。

でもとにかく今思うことが、いつもルーティンのようにグルグル回るなら、今までしなかったことをやるべきだということ。そうすれば少しでも違う自分に気づけるはず。そのために、こんなところで、自分の人生を語る今日この頃なわけです。

感情を少しでも何かに記して、表現すること。これを続けていくことにします。変なことを書いても、上手くいってなくとも、こうしてやったことないことをやることが一番な薬になると、そう信じて、今後も続けていきます。

何か、今回も良く分からん終わり方ですが、引き続き見てくれると嬉しいです。

では、また!

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